HOME > 新着情報 > 24-003. メルマガ「うごくもの うごかないもの」平成24年1月号配信

24-003. メルマガ「うごくもの うごかないもの」平成24年1月号配信
24-003. メルマガ「うごくもの うごかないもの」平成24年1月号配信
メルマガ1月号が出ました。
以下に転載いたしますのでご笑覧ください。
読むのが面倒な方も、是非配信の登録をしてください。
お・ね・が・い・い・た・し・ま・す。
http://sugiura.co.jp/mailmagazine/
以下に転載。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
うごくもの うごかないもの
ー人・企業・不動産ー
平成24年 1月号
まぐまぐ ID 99461
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
第一部
○ 短期、短気(年の初め)
○ フランス人研修生 再び
○ 杉の実交遊会 パリ・東京
○ 2011年を振り返って 「ながれる」「つながる」
第二部
○. 中国 南北問題? 19世紀ー20世紀
○ オリンピックの年 同窓会の年 うるう年
○ うごかなくなったもの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
第一部
○ 短期、短気(年の初め)
年が変わって、今年の方針を打ち出すことにした。
社長の方針を明確に出していこうと決心した。
従来は別な風に考えていた。
つまり、社長なんていない方が良い、社長がいなくて通常に動いている会社が理想的だ、と。
ところが、最近考えが変わった。
今までの言い方・考え方は本当は言い訳・逃げ口上ではないのかか、
先頭に立ってできないから・やりたくないからこんな風に言うのではないか、
という声が自分の中でした。
それなら、やりたいようにやってみよう。
自分が考えるようにとにかく動かしてみよう、そんな決心をした。
だれがどんな文句を言おうと、やりたいようにやってみようと決め、
年頭に社内でそんな風に表明した。
年齢のせいで短気になったのかもしれない。
どう考えても、残された時間は短い。
短期決戦であることも確かである。
○ フランス人研修生 再び
今年はもう予定はないはずでした。
昨年受け入れていたようなフランス人研修生のことです。
ところが急にひとり受け入れてほしいという話が浮上、
こちらとしては特に差し障りもありませんし、
良い経験になるので、喜んで、とお返事しました。
ところがそれからが結構大変。
前回も日本側のチェックが厳しくなったとかで、問い合わせがありましたが、
今回はさらに厳しくなったとか、
日本の受け入れ側がしっかりしているのかどうかチェックするため、
受け入れ責任者の履歴まで知らせよとの要求があったらしい。
早速短いものではあるが英文の履歴書を書いてフランスへメールしました。
それがないと1月出発予定のニコラ君のビザが下りないというので
12月になってから大慌ての作業、やっと間に合わせることができました。
どんな研修生がくるのか楽しみです。
また新しい出会いがあります。
○ 杉の実交遊会 パリ・東京
ネットワークを大阪だけでなく東京やフランスへも広げていきたい。
インターネット上だけでなく人と人との直接の接点を提供したいと思っています。
パリへいくときに交遊会を計画できないか、
また、東京でもできないか。
早急に計画を実現に向けて準備したい。
わたしにしかできないような企画をなんとか実現していきたい。
○ 2011年を振り返って 「ながれる」「つながる」
「絆」という漢字がよく口にされるようになった。
自分自身を振り返ってみても、人とのつながりがテーマになった年でした。
横軸と縦軸という言い方ができるかどうか分かりませんが、
人脈・ネットワーク・友達・出会いといった広がりを強く感じました。
その象徴がFacebookでした。
特に外国とのつながりでは有効で非常に直接的なツールだとわかりました。
個人的にはもうひとつの軸、縦軸、時間軸のつながりを意識しています。
世代間のつながり、承継ということです。
「相続」というと今までは親から受け継ぐことばかりでしたが、
父親の三回忌も終わり、
気がついてみると「相続」から「被相続」と立場も変わっていました。
うまく後の世代に引き継いでいきたいと考えるようになりました。
(若干追い立てられているような気もしますが・・・)
「絆」とか「つながり」といった言葉からはちょっと息苦しさを感じるので、
気持ち的には「動詞」を使って表現したい。
うまく流れたい、流したい、流れていきたい。
うまくつながりたい、つなげていきたい。
2011年を振り返っての感慨です。
第二部
○. 中国 南北問題? 19世紀ー20世紀
暮れにツアー旅行をした。
中国についての勉強会をしている人に誘われて、
開平・沙面島・中山・東莞・深?ツアー旅行に参加した。
観光のポイントとしてそれほど目立ったものもなく、
このコースは最近作られたらしく、ガイドの陳さんによれば4回目らしい。
ただ、この旅行では中国の近代史、19世紀や20世紀について多く学ぶことができた。
勉強不足を恥じる旅でした。
まず第一番は、孫文のこと。
2011年が辛亥革命100周年であることは
世界的にもっともっと知らせれなければならないことではなかったのか。
辛亥革命とはどんなものであったのか、もっともっと啓蒙されるべきではなかったのか。
現在の中国に遠慮して十分その意義が述べられなかったのか。
孫文の故郷で「孫中山故居紀念館」を見学する。
辛亥革命の精神は?
100周年事業がジャッキー・チェンだけではおさみしい話だ。
紀念館の入口には毛沢東にとって皮肉にとられそうな説明書きがあった。
「Sun Yat Sen led the Revolution of 1911 to overthrow the monarchism
and found the first republic in the history of Chine.
He was a Chinese giant in the 20th century.
SOONG CHING LING, as his wife, student and comrade in arm, was the greatest
woman of the 20th century.
She served the honorary Chairman of the People's Republic of China.
Their brilliance shinede all over China.
Because of this, their family members as well as their relatives attracted a
great deal of attention.
Some of them supported or worked for the cause Sun Yat Sen and Soong Ching
Ling had devoted to.・・・」
おそらく毛沢東については同じような文を書くことができないだろう。
今回の旅行では、中国南方人の北方人に対する対抗意識を強く感じました。
また、アヘン戦争を起こしたイギリス植民地主義の残酷さ・手前勝手さが良く分かりました。
(観光地としての沙面島はヨーロッパ風の美しい租界地ではありますが)
○ オリンピックの年 同窓会の年 うるう年
2012年。
4で割り切れる年、ロンドンオリンピック開催。
4年ごとオリンピックの開催年に小学校の同窓会が開催される。
10月の予定だが、ホテルの宴会室を仮予約した。
高校の学年同総会は3月に開催される。
中学のも夏にやるような話だ。
いずれにも幹事役をやっているが、
こんな役をfやらせてもらえるのは運がいいのかもしれない。
最近は個人情報やらの取り扱いが面倒なので同窓会活動も難しいようだ。
○ うごかなくなったもの
今年の最初の週末は北九州へ行けるのを楽しみにしていました。
フランスで40年絵描きをやっている佐藤君の展覧会を
何年かぶりに見に行くことにしたからです。
そして、その機会に大宰府を観光する予定でいたからです。
今年最初の「うごき」というわけです。
昔同じ時期にモンペリエに留学していた友達と8日(日)に八幡で合流することにしました。
前日旅行の準備をしているときに、会社のTさんから電話が入りました。
お父さんが亡くなったということで、
今は家族と九州に移動中とのことでした。
来週は出勤できないという連絡でした。
8日の日曜日、家内とふたり新幹線で小倉へ、
それから鹿児島線で八幡へ。
八幡の手前スペースワールドでは成人式の男女の姿が多数見られました。
二十歳の振袖とそれを同伴する若い男性たちの姿・・・
(まだ「スペースワールド」なんてあったんだ、
「八幡製鉄所」なんて会社を覚えている人はいるのだろうか?)
そして、八幡では、辰野金吾が設計したという旧百三十銀行ギャラリーでの展覧会を楽しみました。
タブローは以前に比べると色が明るくなり、線も軽やかになっていました。
画家夫婦、留学仲間夫婦と六人で歓談しているところに
携帯電話が入りました。
弊社が管理しているマンションのオーナーが亡くなり
その夜にお通夜、翌日お葬式、花輪を出すための連絡でした。
急な話でした。
画家の履歴によると翌日9日が彼の誕生日、
それも60歳、還暦の誕生日に当たっていました。
10日は三女の誕生日なので、その前の日になります。
そんな発見がありました。
翌9日にはJR博多駅から西鉄まで地下鉄に乗り、それから大宰府へ。
折りしも合格祈願の若者たちで賑わっていました。
大宰府で見たいものは四つ:
天満宮、九州国立博物館、光明禅寺、観世音寺。
いずれもすごいものばかりでしたが、
国立博物館がこんなところにあったのか、という発見、
それと光明禅寺の庭園の見事さは、特筆ものです。
その間、家から携帯にメール連絡:
うちのチワワが心配、
散歩に行かない、
庭に出ても動かない。
チワワの面倒を見ていた次女がインターネットで急きょ調べて
かかりつけの塩田動物病院が開いているのを知って連れていった。
前から心臓に疾患があり、手術は不可能、薬を飲ませていたが、
最近はゼイゼイとひどくなっていた。
しかし、いつ駄目になるか分からない状態だと宣告されるほどとは想像していなかった。
新幹線で帰る途中、息を引き取ったというメールを受け取った。
夕方やっと大阪にたどりついた。
動物病院でベッドの上うごかなくなったチワワと対面、
引き取って家族六人で家に連れ戻った。
前日まで動き回っていた犬は箱に入れられたまま一晩家で安置した。
翌日東大阪分院で葬式をして、お骨あげ。
細い骨ですね、と係の女性がコメントしてくれた。
骨箱にほとんどすべてのお骨を入れてもらって、家に帰った。
もう朝の散歩はない。
動かないお骨入れがあるだけだ。
2012年、年初の「うごき」というわけだ。
今回はこれくらいにしておきます。
最後までおつきあいありがとうございます。
◎うごくもの うごかないもの -人・企業・不動産-
のバックナンバー・配信停止はこちら
⇒ http://archive.mag2.com/0000099461/index.html



















